2008.03.07 Friday
この前、よく行くうどん屋さんにふらっと寄ったら、
たまたまレディオヘッドの「No Surprises」(『OK Computer』収録)が、
BGMで流れていて少しおどろいた。
たぶん有線だろうと思うけれど、
選曲がうどん屋さんらしからぬ感じで、
新鮮な印象を受けた。
個人的に‘釜玉’うどんが好きなので、
いろんなうどん屋さんに訪れたときに、
メニューにあればたのんでいる。
今回寄ったお店でも、
いつものように釜玉をたのんだ。
ちょっと時間をかけてゆでる讃岐うどんもさることながら、
その上にぶっかける生醤油の味が、
絶妙でクセになる。
家でうどんを食べるときにも醤油をだしで割ったりして、
いろいろ工夫はしているのだけれども、
なかなか納得のいく味にならない。
それにしても、
あたたかいうどんに生卵がからんでいるところが、
なんとも言えずいい。
以前セルフの讃岐うどんのお店で釜玉を頼んだときに、
まず生卵をつぶさずに器の底に入れて、
その上からゆであがったうどんを乗せたものが出てきたことがあった。
‘ご自分の好みで卵を絡ませて、
卓上の醤油をかけてお召し上がりください’
とのことだった。
お店自体はこじんまりとした定食屋さんみたいな雰囲気で、
素朴な味わいがよかった。
お店のおばちゃんも気さくでよかった。
お店でごはんを食べるとき、
やっぱりそのお店の人の人柄がいいと、
また通いたくなってしまう。
この前食べた地元のうどん屋さんは、
お店のおばちゃんがとても気さくな方で、
帰り際に、
‘おおきに、ありがとう。気をつけて行ってらっしゃい’
と声をかけてもらった。
また、奥でうどんを作っていた店の主人が、
黙々と仕事に徹している様子もよかった。
おそらく夫婦でお店をやっているのだと思う。
大阪天満宮の近くにある「すべらんうどん」に食べに行ったときも、
お店のおばちゃんの気さくな感じがとても印象的だった。
そのときは初めて訪れたにもかかわらず、
顔なじみのようにやさしく接してもらい、
帰り際に、笑顔で、
‘また来てな〜’
と声をかけてもらったりもした。
そう言われるとまた寄ってみたくなる。
ちなみにそこで釜玉をたのんだときには、釜玉とは別に、
あたたかいうどんのつゆのようなお椀が付いてきて、
それもいいだしが出ていておいしかった。値段も安い。
ばたばたと忙しいときでも、
うどんがゆであがるまでゆっくりと待つゆとりや、
人のあたたかみに触れる時間を持ちたいと思う。
今思い出したけれども、
「得正」のカレーうどんはいつ食べてもおいしい。
甘さと辛さの加減が絶妙。いつも白ごはんと一緒に食べている。
2008.02.20 Wednesday
イン・レインボウズ
レディオヘッド
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2007年12月レディオヘッドの7枚目のアルバム、
『In Rainbows』が発売された。
たまたま通りかかったCDショップで何気なく聴いてみたところ、
試聴機の前につっ立ったまま約10分、
思わず3曲目まで聴き入ってしまっていた。
音が体に馴染むように、
すっと入ってくる。
試聴する前から買おうと思っていたので、
もちろんそのまま購入。
実際にはその日のうちに、
感想のような文章を書こうと思っていたのだけれど、
うまく書けそうになくてそのまま1か月以上経ってしまっていた。
レディオヘッドのアルバムを聴くと感情を揺さぶられるのと同じように、
そのような感情のときに、
こういった音を自然と求めてしまうことがある。
In Rainbows
1曲目の「15 Step」に突然子供の声が入ってくる箇所があり、
その無邪気な声が曲全体の雰囲気とかけ離れているようでいて、
でも、そのミスマッチな感覚が妙に耳に馴染む。
悲しい場面でその感情を抑えているときに、
無邪気な明るさに触れ、
緊張の糸が切れてしまうというような、
冠婚葬祭の真剣な場面で、
小さな子供が屈託のない笑顔ではしゃぎ、
その無邪気さが言いようのない悲しみを誘うというような。
同様に、3rdアルバム『OK Computer』の7曲目、
「Fitter Happier」の歌詞と曲も思い出される。
そのミスマッチ感というか、
不気味さというか。
In Rainbows
1.「15 Step」 2:30〜
2.「Bodysnatchers」 2:07〜
3.「Nude」 0:00〜
4.「Weird Fishes/Arpeggi」 3:41〜
5.「All I Need 」 2:56〜
6.「Faust Arp」 0:00〜
7.「Reckoner」 2:23〜
8.「House of Cards」0:00〜
9.「Jigsaw Falling into Place」 2:54〜
10.「Videotape」 3:18〜
他、
曲調の緩急が心地いい。
疲れきっているときに、
感情が高ぶって逆に目が冴えるというような、
ある種の高みに昇るような感覚。
平穏な日々
よりよい関係
Fitter Happier
2007.12.05 Wednesday
しばらくパソコンを修理に出していたので、
久しぶりのインターネット。
ハードディスクの不要なデータがすべて飛んでしまっているので、
パソコンがサクサク動く。
動きが軽い軽い。
さっぱりした。
それにしても、
パソコンってなかったらなかったで、
意外となんとかなる。
あればあったで、
毎日あれやこれやとやることがあるけれども。
迷惑メールを削除したり、
ニュースを読んだり、
音楽を試聴したり。
試聴とはいっても、
最近は新しく音楽を探すというよりも、
気に入ったものを繰り返し聴いていることが多い。
ビル・エヴァンスのピアノや、
バッハの無伴奏チェロ組曲、
それになんといってもお気に入りなのが、
レッド・ツェッペリン。
とくにファースト・アルバムから、
4作目までの4枚をひたすら聴いている。
最初から順番に、
あるいは全曲シャッフルで。
飽きない。
じっくり聴き込んでもかっこいいし、
BGMにしても耳障りにならない。
大きな音で聴いても迫力があるし、
小さな音で聴いてもその時代の空気が感じられる。
1stの最初の1曲目からして、
ギターのイントロ、ドラムのバスドラ、
もうその世界に引き込まれる。
最近テレビでツェッペリンのCMが流れていたり、
iTunesのストアで曲がダウンロード出来るようになったり、
バンドの再結成が話題になっていたりして、
いちファンとして、
かなり気になっているところではある。
【参考】
レッド・ツェッペリン
レッド・ツェッペリン

レッド・ツェッペリンII
レッド・ツェッペリン

レッド・ツェッペリンIII
レッド・ツェッペリン

レッド・ツェッペリンIV
レッド・ツェッペリン

2007.07.17 Tuesday
ジョン・レノンのカバー曲は数あれど、
その中でも、
Green Day の‘
Working Class Hero’は秀逸。
ジョン・レノンのトリビュート・アルバム、
『インスタント・カーマ』に収録されている。
オノ・ヨーコの協力のもと、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが主宰するキャンペーンの一環として制作されたもので、アフリカのスーダン西部、ダルフール地方の避難民救済のためのチャリティ・アルバム。
<以上、Amazon の商品説明より一部引用>
ほぼオリジナルに近い形でイントロが始まり、
ドラムスのフィルインで曲に引き込まれ、
エッジの利いたギター・アルペジオで心奪われた。
グリーン・デイってこんなサウンドを出すバンドだったかな、
と一瞬耳を疑った。
様々な感情や葛藤が渦巻き、
その大きな流れの中にのみ込まれてしまう。
そんなイメージを思い起こさせる勢いすらある。
曲のラストのアコースティック・ギターのサウンドや歌声は、
ジョンのオリジナルなのではと一瞬思ってしまうくらい、
切々としたものが感じられた。
もちろん、
カバーとしてすばらしい演奏なのであって、
オリジナルのあの身を引き裂かれるような痛みは、
ジョンにしか表現することは出来ないと思う。
それでも、
こうやって大物のアーティストによってカバーされ、
後世に曲が歌い継がれていくことは嬉しく思う。
Instant Karma: The Amnesty International Campaign to Save Darfur
Various Artists
Working Class Hero - Green Day

2007.07.05 Thursday
この前初めて、
コンビニでビニール傘を買った。
突然の夕立ち。
雨が降りそうでいて降らなさそうな空模様だったので、
まあいいかと思って、
手ぶらで自転車に乗って出掛けていた。
やや湿気を含んだ空気と、
ところどころ明るい空。
最近そんな天気が多い。
ぱらっと降ったかと思ったら、
すぐにやんでしまうような、
そんなはっきりしない梅雨空。
以前は、
そんな天気なら折りたたみ傘を持って行ったりもしたけれど、
最近はなんとなくそういったことが面倒にさえ思えてくる。
ちょっと近所に出掛けるくらいなら、
少々濡れても構わないじゃないかと。
雨足の強いときは、
しばらく屋根のあるところで待っているというのも、
それはそれで趣きがあるようにも思える。
ただ、その日はさすがに、
突然のスコールみたいな降り方だったので、
コンビニに寄って透明のビニール傘を買った。
安物の傘をわざわざ買うというのも、
どうかとも思ったけれども、
透明の傘っていうのは案外便利だなと思った。
自転車に乗っているときに、
傘を深くかぶっていても、
ビニール越しに前が見えるのがいい。
しかも値段が安いので、
あまり気を使わなくても済むし。
日頃は出来るだけ安物を買わないようにしているけれど、
作りもけっこうしっかりしているし、
これはこれで悪くない。
そういった安くていいものもあると思う。
でも、そうは言っても、
たとえば百均のような安い買い物は、
どちらかというとあまり好きにはなれない。
安いものをいっぱい買っても、
結局すぐに壊れたりして、
また買い直しになってしまうのもどうかと思うし。
食べ物なら、
食材や調味料に何が使われているか分からないし。
自分の身の丈に合ったものの中で、
なんとか質のいいものを手に入れるということに憧れる。
それはそうと、
この前、近所の緑地公園を通りかかったとき、
雨が降っているのにもかかわらず、
けっこう人がいて少しびっくりした。
傘も差さずにウォーキングをしているおばちゃんたち、
タイムを計りながら全力で走っている陸上選手っぽい人、
屋根のあるところで、
友達と一緒に黙々とニンテンドーDSをしている小学生。
雨宿りしている、たぶん見ず知らずの人同士が、
他愛のない世間話で雨が上がるのを待っている場面もあった。
雨が降らなければ会話を交わすこともなかったであろう他人同士が、
小さな屋根の下で談笑している様子は、
傍から見ていて暖かいものを感じた。
こういった季節ならではの光景を垣間見た気がする。
今部屋の中ではラジオのFMが流れている。
外はうす曇り。
今日は雨は降らなさそう。
ラジオをなんとはなしに聞いていると、
不思議と頭の普段使われていない部分が刺激されているように感じる。
2007.04.18 Wednesday
スピッツの新曲「ルキンフォー」。
ジャケットの絵をふっと見て、
どうしても欲しくなってしまった。
ひさびさのジャケ買い。
とりあえずちょっと試聴してみても、
‘疲れた目’の箇所がすっと心に入ってくる。
体にもうまく馴染む。
あとで知ったことだけれど、
この曲のプロデューサーが亀田誠治さん。
なんとなく分かる気がする。
スピッツといえば、
デビューシングル「ヒバリのこころ」や、
「ロビンソン」などのPVの映像が好き。
薄暗い室内で演奏する4人。
脚立の上に腰掛けて楽器を弾く。
何かしらの意味合いがあるんだろう。
それと平行して挿入される車窓からの風景。
平地を横に見ながら、
川を越え、最後には浜辺にたどり着く。
(「ヒバリのこころ」の映像)
広い開放的な建物の中で演奏する4人。
天井からも窓からも光が入り込み、
外と中の境目がなくなってしまいそうなくらいに、
淡く幻想的な雰囲気が漂っている。
また、広い平原を歩くシーンの開放感や、
バスに揺られるシーンの懐かしい感じも、
ある種のはかなさを含んでいて、記憶に残る。
(「ロビンソン」の映像)
今回の「ルキンフォー」の曲調は、
そういった雰囲気も感じさせる。
原点回帰の要素も含みつつ。
2曲目の「ラクガキ王国」は、
初期の頃のパンクの曲調に近い感じ。
初期の作品といえば、
2ndアルバム『名前をつけてやる』はお気に入りの1枚で、
6thアルバム『ハチミツ』に次いでよく聴いている。
ちなみに『ハチミツ』は、
昔から買おう買おうと思っていながら、
なかなか買う機会がなかった。
それで、あるときふらっと訪れたお店で
たまたま在庫処分セールみたいなものをやっていて、
その中に、かなり安くなったこのアルバムを見つけた。
探しているものって、
あるとき突然見つかるような気がする。
それまでいくら一生懸命探しても見つからなかったものが、
たまたまちょっとしたきっかけで見つかってしまうとか。
場合によっては、
ほとんど忘れかけているときに、
見つかったり。
そういうときって、
なんだか得した気分になる。
それにしても、何かを探しているときって、
それなりに充実した日々を送れているような気がして、
いいものだなと思う。
ルキンフォー
スピッツ, 草野正宗, 亀田誠治
以下追記。
「ロビンソン」のPVの中で、途中バスが止まり、
三輪テツヤさんを乗せて走り出す場面を、
ふっと思い出した。
そして、建物の中で演奏する場面でも、
やはり脚立がさりげなく映っていて、
また、バスが最後に向かうのは浜辺。
2007.04.16 Monday
この前ふらっと家電量販店に寄ると、
商品の薄型テレビから、
くるりのライヴ映像が流れていた。
野外のステージで、
開放感あふれる演奏。
「東京」、「虹」といった有名どころが流れていた。
その中でも、
久しぶりに聴いた「虹」が印象深かった。
学生時代に聴いたときとはまた違う、
心の隅っこの方をくすぐられるような感覚。
‘涙枯れた六地蔵’の辺りの歌詞が、
なんとも言えない空虚感が漂っていて、
心地よい。
この家電量販店では、
入り口のところに薄型テレビが置かれていて、
いつも何かしらの映像が流れている。
この前訪れたときには、
PUFFYの野外ステージの映像が流れていた。
小雨の降るステージの上で歌われる、
「渚にまつわるエトセトラ」。
この曲は、
なんと言ったらいいのか、
昔から気になっている。
この曲独特の空気感が、
とても気に入っている。
先ほどの「虹」と同じように、
空虚な感じが曲全体に漂っていて、
それが聴いている者を落ち着かせるのかもしれない。
それにしても、
‘あのペリカン さみしそう’という歌詞が、
前々からずっと記憶の片隅に引っかかっている。
とても印象深い。
また、それとは別に、
この曲を聴いていて、
「社会復帰」という言葉が浮かんできた。
なんとなく。
曲のイメージが、
現実の世界から離れているからだろうか。
そろそろ現実の世界に戻らなくては、
といった感じだろうか。
最近隣町に大型のショッピングセンターが出来て、
先ほどの電気屋さんもその中に入っている。
それにしても、
食料品から衣料品、本、電化製品にいたるまで、
ありとあらゆる商品が売られていて、
おまけに、映画館、ペットショップ、
郵便局、市役所の出張所まである。
そしてそのショッピングセンターのすぐ隣には、
高層のマンションが数件、
日々建設されている。
その土地にとんでもない資本が投下されているんだろうな、
となんとなく思ってみたりする。
普段は、いち消費者として、
便利に買い物をさせてもらっているんだけれども、
なんとなく現実離れしたような感覚を覚えることがある。
一部の資本家に体よく利用されていると言ったらいいのか、
目に見えない巨大なものに取り込まれている、
と言ったらいいのか。
そのショッピングセンターに毎日大勢の客が訪れ、
多額のお金が吸収されていく。
ひと昔前の地元商店街とはまた違うものが、
そこにはある。
別にそれが良くないと言っているわけではなく、
逆に昔は良かったと言っているわけでもなく、
ただ時代の変化を感じずにはいられない。
でも、
昔ながらの商店街や文化住宅って、
個人的にはとても心惹かれるものがある。
くるりの歌う「虹」には、
そんな雰囲気が漂っているように感じる。
2007.04.09 Monday
街のいろんなところで桜がきれいに咲いている。
暖かい風。
新緑の季節。
最近、自分の母校の近くを通りかかることがあった。
小さな子供たちが遊びまわるグラウンドを、
満開の桜が囲っている。
懐かしい風景。
でも、あくまで、
外からちらっと眺める程度。
あんまり近寄って変な人だと思われても困るしね。
ひとむかし前だったら、
かつての同級生と一緒に、
ちょっと校庭にでも寄っていこうか、
○○先生にも挨拶したいし、懐かしいな、
となったりもしたけれど、
今ではしっかりと門が閉ざされている。
関係者以外、立ち入り禁止。
隔離され、
護られている。
時代が違うんだろう。
映画『キッズ・リターン』みたいに、
ふらっと自転車で立ち寄れるような、
開放的な雰囲気はそこにはない。
もうちょっと言えば、
門の中は平和に満ち溢れた様子なのに、
その世界はそこだけで完結している、
というような不思議な感覚を覚える。
桜で囲われた小さな学校。
ところで桜といえば、
この前電車に乗っているときに、
窓から見た景色が印象的だった。
その日はうす曇りで、
また黄砂も舞っていたこともあって、
街全体が霧で覆われているように感じた。
遠くに見える山には、
ところどころに桜のピンク色が垣間見え、
それが、山に残る雪のようにうっすらと広がっていた。
そういった車窓から見える、
街並みや山や桜が、
すっぽりと白い雲のようなものに覆われていて、
そんな光景に、
何かしら幻想的な印象さえ抱いた。
空中庭園、蜃気楼、
なんとなくそんなイメージ。
ある種のものごと、ことがらは、
はっと気がついたときには、
もうすでに失われている。
壊れるときは一瞬。
それまでどんなに注意深く積み上げてきたとしても、
たった一つのミスをしてしまうだけで、
今までのすべてのものが崩れ去ってしまう。
ゼロになるならまだいい方で、
マイナスにすらなりうる。
なんとなくそんなイメージが、
先ほどの景色と重なる。
でも、必ずしもネガティブなイメージ、
というわけでもない。
季節は変わったばかりで、
まだ何も始まっていない。
⇒ 綿 (06/14)
⇒ ぽーる (06/14)
⇒ 綿 (02/06)
⇒ きしいたかし (02/06)
⇒ 綿 (01/17)
⇒ 田邊裕二 (01/17)
⇒ 綿 (04/07)
⇒ seiji (04/06)
⇒ 綿 (03/15)
⇒ seiji (03/14)